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2017年5月21日 (日)

私が、生きる肌

今日は、カンヌ映画祭の審査員長ペドロ・アルモドバル監督の作品を見ることにしました。

屋敷に軟禁状態のベラが、整形外科医ロベルの亡き妻に似せて顔を変えるというのはわかりましたが、どういういきさつで連れてこられたのかが、最初は疑問でした。
精神的に参っている様子もなく、自由意思で滞在しているようだけれど、自殺未遂したところを見ると、やはり意に反しているらしいし。

それに、家政婦らしきマリリアが何も言わずにいるのも不思議で、ロベルの行動に正当性を見出しているのかと思ったりもしました。

そうしたら、同時並行で少しずつ描かれていた、ロベルが家族を失った過去の出来事との繋がりが見えて、それが本当に予想外で驚きました。
ただ、自分の倫理の許容範囲をあまりに超えすぎて、ついていけない展開でした。

ハリウッド映画でのバンデラスを見過ぎてしまって、スペイン語を話す彼が何だか違和感を憶えてしまいました。


La Piel Que Habito」(2011年スペイン)

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