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2015年3月18日 (水)

伝説のF1チャンピオン ニキ・ラウダ/プライドをかけた33日間の死闘

映画「ラッシュ」に引き続き、オーストリア製作のドキュメンタリーも見ました。

こちらのドキュメンタリーを見て、先のフィクション映画版がかなり忠実に描かれていることがわかりました。もちろん映画版も、存命のニキ・ラウダ本人がチェックしているのでしょうから(最後のほうで登場していましたしね)、当然かもしれません。
メインの登場人物も、外見から性格まで似ていて驚きました。特にジェームズ・ハントは、「人生を楽しむことが大事」ってまんま映画で描かれた通りでした。

事故のシーンは、「ラッシュ」に出てきた場面とそっくりにもかかわらず、実際のフィルムで見ると、モノクロなのに更に衝撃的でした。それに、映画の中で、生還直後の記者会見で失礼な質問をする記者たちがいましたが、フィクションだから大げさにしていたわけではなく、現実にそんな質問されてたなんてひどすぎる!

また、ラウダの事故から派生してのことでしょうが、後半は彼と直接関係のない、近年のF1の安全対策やマシンの性能についても触れられていました。
元F1レーサーのジャッキー・スチュワートという人が、当時かなり、安全に対しての主張をしたようですが、それでも本格的に着手されたのは、90年代のアイルトン・セナの死がきっかけだったとのこと。スチュワートさんは「ここ20年ドライバーの死亡事故はない」と誇らしげに語っていたものの、そこに至るまで時間がかかったんだなとつくづく感じました。

そう考えると、70年代に事故から生還したばかりか、復帰して優勝までしてしまったニキ・ラウダは、ほんと奇跡的というか、まさに伝説なのだと思いました。

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コメント

こんにちは。この映画を検索していてたどり着きました。
業界人ながら、ラッシュともどもこの手の映像が今になって一般化されるとは夢にも思いませんでした。
さてさて、モータースポーツは本質的に危険を伴うものであり、その安全対策はある意味「いたちごっこ」の面もありますね。
この映画ではいかにも「昔は危なかった」ということが強調されていますが、それは事実である半面、いつの時代も安全に配慮していたのも事実。
ただ、技術的能力やコスト面でそのレベル設定を低く設定せざるを得なかった、という辺りが本当だと思います。
この映画に登場するジャッキー・スチュワート氏は当時('73頃)から安全に対して大いに発言し、自分の所属するティレルのマシンを注文を付け、「世界一安全なF1マシンだ」と公言していたのですが、皮肉なことにそのマシンで若き同僚フランソワ・セベールが事故死し、失意の中でジャッキーが引退したのもまた事実だったりします。
当時から比べると、カーボンモノコックの登場により飛躍的に安全性が高まり、多少の事故ではかすり傷ひとつ負わなくなり、それが逆にラフプレイを誘発するという皮肉な現象も起きていますしね。
そのラフプレイの先頭を切っていたのがセナであり、それに対して小言を言い続けていたのがジャッキーだったんですけどね。

業界人さん(この呼び名でいいのかしら?)、こんばんは。
私の拙いブログにたどり着いていただき、ありがとうございます。
しかも、業界人ならではのコメントまで!
大変興味深く読ませていただきました。
たしかに、わざと安全性を落とす人はいないわけで、
その時代ごとに頑張ってはいたものの、
技術が追いついていなかったということなんですね。
それなのに、安全性が高まったら今度はそれに安心して、
よけい無理をするようになったなんて。
でもきっと、レーサーだけでなく観客がラフプレイを望んでいる面もあるのでしょうね。
安全になったことを単純に喜べなくなり、複雑な心境です。

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