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2011年4月26日 (火)

ハーヴェイ・ミルク

このゲイの活動家について聞いたのは、80年代の終わりか90年代の初め頃だったと思います。その後、ドキュメンタリー映画の存在を知り、ずっと見たかったのですが、どのレンタルショップでも置いてありませんでした。そして、ショーン・ペン主演の映画ができることを知り、今度こそ公開のタイミングにあわせてテレビでやったりしてくれるかなと期待したものの空振り。そしてようやくこの日を迎えました。

まず、彼の暗殺のことは知っていましたが、同僚の委員に殺されたこと、しかもゲイ・バッシングのせいとばかり思っていたのに、復職を願って叶わなかった委員が恨んで市長と彼を撃ったことを知り、逆に衝撃を受けました。ミルク自身も、いつか暗殺に遭うかもと覚悟していたようですが、まさかこのような形で殺されるとは思っていなかったでしょう。犯人の委員は、ミルクとは正反対のストレートのWASPだったので、背景にはゲイに対する反感もあったかもしれませんが、市長を先に撃っていますし、ミルクの暗殺は副次的な気がします。

それでもミルクの死が皆に与えた影響は大きく、それはひとえに彼がゲイの擁護のために立ち上がっただけでなく、あらゆるマイノリティーの権利のために闘ったこと、そして政治的駆け引きに惑わされず、自分の信念を貫いたことに起因すると思います。

今でこそ世の中にすっかり認知されたゲイですが、彼が活動した70年代後半は、よくわからないものへの恐怖から、一般の人には受け入れがたいことだったでしょう。
私は今でも、80年代にエイズがゲイを中心に蔓延したことから起こった偏見の様子が記憶に残っています。85年にエイズで死んだ俳優のロック・ハドソンがゲイだったことから、非難めいた報道がなされたことなども。あの頃は、ゲイ=悪という構図がまかり通っていました。
今では、ゲイの形成は脳に原因があり、家庭や教育者のせいでゲイになるわけがないことも知られているので、恐怖心がなくなったのでしょう。

私は、このドキュメンタリーが84年にもう製作され、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を取ったことにも感動を覚えましたが、一方で、その後2008年に彼の映画が作られるまで、こんなにも長くかかったことにも驚きました。マイノリティーに理解のある(ゲイの人も多い)ハリウッドで、なぜもっと早く映画化されなかったのか不思議です。
でも、このドキュメンタリーで十分だったからかもしれません。彼の人となりが、十分伝わってきました。ミルクがこの中で言っていました。「歴史を見れば、いつか我々が勝つとわかる」と。時間はかかったけど、その通りになりましたね。ミルクもきっと喜んでいることでしょう。

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